ポストスクリプト環境と非ポストスクリプト環境を橋渡しする技術。アルダス社(現アドビシステムズ社)が設計した技術規格。低解像度画像ビューファイルデータをレイアウトで使用して、プリント時にはOPIサーバーが高解像度に変えてプリントアウトする等の特徴がある。製品のスペックとデザイン、生活シーン、サービスのバランスを保つこと、それをwebでも徹底的に意識して告知してきました。正直、販売は二の次になっていたかもしれないですね。ただ、そうしたインターネットの効果と、直営店が出たことで、家電メーカーとしての存在を認知していただくことができたかなと。また、携帯電話でも家電ブランドというのを前面にだせていけたと思っている。 となると、今度はどこで買えるんですか?っていう話になっていくんですよね。そうなるとやはりWebチャネルを強化していくフェーズにきているのかと思っている。 そしてアフィリエイトをスタートされて3ヶ月。個人のアフィリエイターは消費者としても見て取れるわけですが、そういう方々がamadanaをどう表現するか、広い意味での口コミ効果をどう担っていくかを非常に興味深く思っている。ネット上の消費者の評価についてはどうお考えですか?本日は、お忙しい中ありがとうございました。 締めのコメント: インタビューの冒頭、いきなり「しゃちょーが行く!」ミズノのバット工場編に強い食いつきを示していただいたほど、学生時代は野球に打ち込み「商売などは考えもしなかった」という熊本社長。 しかし幼少時からいつも生活の傍にあった"家電"の世界に、デザインという新たな息吹を吹きこむことで、新たなライフスタイルとしての"カデン"を作り上げた熊本社長の手腕は、かつて野球で培った集中力と強い"思い"がその源泉なのだということを、インタビューの間、一貫して感じました。 そして、複雑な流通チャネルを排し、"作り手の顔や思いが見える、伝わる"ダイレクトチャネル(直営店舗+インターネット)にこだわる熊本社長の考えにも強い共感を覚えます。そのダイレクトチャネルでの飛躍の一端を担うべく、「リアル・フリート」「amadana」のネーミングに託した高速バス 夜行バス 高速バス 夜行バスの"想い"の実現に向けて、リンクシェアもできる限りのサポートをしていきたいと心を新たにしました。 おとりよせネットは、実は恵比寿のモスバーガーでカチッとサイトオープンさせたんです。 そう明るく笑って話すのは、「おとりよせネット」「レシピブログ」「朝時間.jp」といった、女性をメインターゲットにしたサイトを運営するアイランド株式会社社長の粟飯原氏。冒頭のエピソードに象徴されるように、いわゆるネットベンチャーの社長然としたところがなく非常に柔和な人柄。その一方で、時代のニーズを読み取る嗅覚とそれを事業化するビジネス感覚を併せ持つ女性社長である。 立ち上げるサイトがいずれも人気を博し、またネット黎明期の早い沖縄 レンタカーから注目を浴び続けている女性の起業家ということで、とかく「人気のあるサイトの作り方」や「OLから転身し成功した女性社長」といった側面に注目が集まりがちだが、粟飯原氏をオールアバウト時代からよく知るしゃちょーは、むしろそれに加えて自然体なのに人やトレンドを惹きつけていくところがなんとも素晴らしい(byしゃちょー)粟飯原氏の人となりに迫ろうと意気込む。 プロフィールを拝見したのですが、新卒で入られたのがNTTコミュニケーションズ、それも先端ビジネス開発センターだったというのは面白いですね。 当時、NTTコミュニケーションズが募集をしていた"マルチメディア人材"の『マルチメディア』という言葉に惹かれたのがきっかけでしたね。でも正直申し上げて、その頃の私はMacを立ち上げたときに表示されるMacOSという文字を『マッコス』と読んでしまうくらいまったくPCに疎くて、、、(苦笑) (大爆笑)『マッコス』ですか!!それだけの初心者だった粟飯原さんが、なぜダイビング、NTTコミュニケーションズに興味をもたれたのです? 北海道旅行はケーブルテレビ局でアルバイトをしていたのでマルチメディアという言葉を何となくデジタル放送とか、放送と沖縄旅行の融合に近いものとしてイメージしていたのです。それでこれは面白そう、と思いました(笑)。 粟飯原氏がNTTコミュニケーションズに入社したのは1996年。Windows95年上陸の翌年ということで、インターネット元年と騒がれた年にあたり、同期にはC-netの元社長である御手洗氏、SixApartの最高技術責任者平田氏といったIT業界の寵児が顔を揃えていた。文系出身であった粟飯原氏だが、配属されたのは当時NTTコミュニケーションズが進めていたオンラインショッピングのシステム開発の事業。ここでは野菜のEC事業に携わることになる。 NTTコミュニケーションズ自身が野菜の売主だったということなのですね?でも・・・Windows95がリリースされたと言ってもまだ当時のパソコンの普及率は今ほど高くなかったですよね? ですので、NTTコミュニケーションズが希望者の方に北海道旅行を配ってこの事業を行っていたのです。2年間そちらに携わったその後はスーパーキャッシュと言う電子マネーの事業に配属になり、そこでもスーパーキャッシュ開発に関わるマーケティング事業を行っていました。 NTTコミュニケーションズが本当に大好きだったというお話でしたが、その後にリクルートに転職をされていますね。きっかけは何だったのでしょうか? NTTはどちらかというとインフラ事業がメイン。その頃、自分でOL美食特捜隊って言うサイトをやってみたり、よせがきコムっていう無料でよせがきができるサービスを立ち上げてみたり、自分はどちらかというとコンテンツサービスに興味を持ち始めていたんです。 よせがきコムは沖縄旅行でやっていた訳ではないですよね? もともとはNTTコミュニケーションズにいた時に提案していたんです。部長をトイレの前で待ち伏せてして『1対1の電報サービスをn対nにするサービスなんです!』と説得したりしていました。 パワフルですね(笑)